理念情報

 「哲学的コラム」
Japanese Dream Realization



「秘められた数学的美と剛さについて」



 柔道は、オリンピック競技となることによって、武道による国際的平和をもたらしている。「武」というものが、本来何か大切なものを守ることに本質があるとしたら、柔道は、「武」によって、大和魂によって、日本をよく守り、日本精神と日本の伝統文化をよく守っている。

 しかも柔道は、本当は限りなく合理的な数学的論理構造をもっているといえる。本当の剛さというものは、限りなく合理的である。そこに、西洋科学と日本の伝統文化体系との接点もみられる。さらにはそこに、限りなく合理的な数学的論理構造をもった美そのものが発見されるのである。

 その意味において、おそらくは、大和魂とか、武士道とか、日本の伝統文化体系に数えられているものの中には、秘められた数学と数学の美があるに違いない。そして、おそらくはどんなに解析しても解析しても、未だその奥が深いものがあるのだろう。

 日本人は、永らく伝統という時間の流れの中で、あえて「言挙げ」せずに、無言の直覚の内に文化を積み重ねてきたし、むしろ無言であることや、過度に説明調になることを避けてきた面が大きいのである。

 柔道や空手や剣道等の武道も、そのはるか源は、古代の日本精神にまでさかのぼれるのであろう。そして、そこに限りなく洗練された美と繁栄と健康と平和と幸福の哲学が実在していたのではないだろうか。それらの至宝は、新時代においてますます悟られ、想起され、様々にルネサンスされ、応用されてゆくのであろう。

 あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。



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